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山形県の地域ブランド 


山形県の地域ブランド「米沢牛」

山形県の地域ブランド「米沢牛」は、山形おきたま農業協同組合(山形県東置賜郡川西町大字上小松978-1)によって地域団体商標に登録されています。

松坂牛、神戸ビーフ、近江牛、前沢牛などとともに、日本3大ブランド肉の一つに数えられる山形県屈指の特産品です。

そんな米沢牛が山形県を代表するブランド商標に育った背景には、2人の功労者の存在がありました。

山形県の米沢牛とは

米沢牛とは以下の条件を満たしたものです。

  • 生後 32ヶ月以上の黒毛和種の未経産牝牛
  • 置賜地方(米沢市、南陽市、長井市、高畠町、川西町、飯豊町、白鷹町、小国町の三市五町)で18ヶ月以上飼育されている
  • 米沢牛銘柄推進協議会が認定した飼育者によって登録された牛舎での飼育期間が最も長い
  • 肉質は3等級以上
  • 山形県の放射性物質全頭検査において放射性物質が不検出のもの

山形県の米沢牛を生むきっかけを作った名藩主

米沢牛を山形県を代表する地域ブランドに育てた一人目の功労者は、上杉鷹山です。

「米百俵」の逸話でも知られ、財政難にあえいでいた幕末の米沢藩を救った名藩主の誉れ高い人物です。

数々の藩政改革を行った鷹山ですが、特産品づくりがその政策の中心でした。

米沢牛も、鷹山の命で南部地方(現在の岩手県)から牛を導入し、置賜地方で飼育されたのがきっかけとなって誕生したものです。

当初は、食用ではなく、農耕や運搬などの使役用として飼育されていたものでしたが、置賜の豊かな自然と栄養豊富な環境の中で育つうちに、極めて上質な肉質をもつ肉牛へと進化していったものです。

もっとも、ここまでの話はよく知られていることです。

当時、米沢では食肉の習慣はなく、したがって、米沢牛もあくまで農耕用。食肉ブランドとしての地位を確立するためには、もう一人の功労者の登場を待つ必要がありました。

山形県の米沢牛を広めたもう一人の功労者

米沢牛を山形県を代表する特産品に発展するきっかけを作ったもう一人の功労者とは、イギリス人のチャールズ・ヘンリー・ダラスという人です。

ダラスは、上杉鷹山が開校した興譲館において、西洋学の教師として教鞭をふるいました。

4年間、日本の若者に西洋の学問を教え、明治8年、任期を終えて英国に帰郷する際、ダラスは一頭の牛を連れ出したのです。

米沢牛のおいしさを知っていたダラスは、ぜひ、仲間のイギリス人たちにもごちそうしたいと考えたからです。

江戸時代、日本人は宗教上の理由で四つ足の動物は一切口にしなかったというのは誤りで、少なくとも幕末までには米沢でも食肉市場が開催されており、人々は牛肉を食べていたようです。

とはいえ、もちろん生産量はごく限られますし、一般的には食肉の文化はなかったので、そのままでは米沢牛が広まることもなかったでしょう。

ところが、ダラスが母国に戻る前、横浜で仲間のイギリス人たちに米沢牛をふるまったところ、そのうまさに感動したイギリス人たちの間であっという間に米沢牛の評判が広まりました。

そこから日本人の間にも噂が広がり、やがて、米沢から東京へと食肉の販売ルートが確立すると、米沢牛はヒット商品になったということです。

山形県の米沢牛のブランド力の考察

明治時代、来日していたイギリス人たちは、教師や医師、学者などの知識層の人たちです。

西洋の進んだ文明を吸収するため、日本政府や地方行政府が招いた人たちでした。

鎖国をしていた日本人は、それまで見たことも聞いたこともなかった西洋の文物に高い関心を寄せるようになっており、それらの情報をもたらしてくれる西洋人は注目の的だったわけです。

いまでいうトレンドリーダーのような存在で、彼らの身に着けるもの、持ち物、嗜好品はヒット商品になりました。

イギリス人が米沢牛を称えたことで、その名声が広がっていったのには、このような時代背景があったわけです。

山形県の米沢牛のブランド力の考察

ダラスら、幕末のイギリス人たちのように、マーケットの動きに大きな影響を及ぼす人のことを、インフルエンサーと言います。

特にいま、インターネット時代になって、インフルエンサーの活動をいかにマーケティングに活用するかが非常に重要なキーワードになっています。

テレビなどのメディアに出演できる一定の有名人だけではなく、インターネットを通じて個人でも情報発信できる時代になりました。

とがった感性を持つカリスマブロガーが現れ、彼らを通じてトレンドが発信されるようになったのです。

彼らは、芸能人など従来のトレンドリーダーにただよう企業のプロモーションの匂いがなく、いわゆる“ヒモ付き”に飽き飽きしていた消費者に受け入れられたのです。

企業としては、当然、インフルエンサーの発信力を宣伝やプロモーションに使いたい。

半面、消費者は企業のプロモーションの形跡が見えると、途端に察知し、むしろ敬遠するようになります。

インフルエンサーたちもそれがわかっているので、単なるプロモーションにはのってきません。

そこで、単に商品を紹介してもらうのではなく、商品のベースにある生活や文化などの環境を設定し、インフルエンサーと彼らを指標としているマーケット層を巻き込む手法などが考案されるようになっています。

参考:
山形おきたま農業協同組合
米沢市
米沢牛(米沢牛銘柄推進協議会)
黒毛和牛どっとこむ
川西町

米沢牛の商標登録情報

登録日 平成19年(2007)3月2日
出願日 平成18年(2006)4月1日
先願権発生日 平成18年(2006)4月1日
存続期間満了日 平成39年(2027)3月2日
商標 米沢牛
称呼 ヨネザワギュー,ヨネザワウシ
権利者 山形おきたま農業協同組合
区分数
第29類 米沢産の牛肉

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2017年05月14日 作成
2017年12月11日 更新

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