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群馬県の地域ブランド 


群馬県の地域ブランド 「高崎だるま」

ボリュームある太い眉に、うねるような立派な髭。

赤くて丸みを帯びた可愛らしいフォルムにきりりと表情が特徴的な「高崎だるま」。

言うまでもなくだるまさんは禅宗の開祖である達磨大師がモチーフになっているわけですが、では、なぜ赤なのか、なぜあんな顔なのか、意外に知らないことも多いもの。

群馬県の高崎だるまについて調べてみました。

すると、選挙などで目にするだるまとちょっと違う側面が見えてきました。

群馬県の高崎だるまとは

群馬県高崎市で生産される「高崎だるま」は全国のだるま生産量のシェア80%を占めています。

仏教の世界では位の高いお坊さんは「緋の衣」といって赤い法衣を纏う風習があり、だるまの赤は、そこから伝えられていると言われています。

まるで歌舞伎の“くまどり”のような顔のつくりにもそれぞれ言われたがあり、眉毛は鶴、髭は亀と、縁起がいい動物を描かれています。

また、お腹の部分には高崎だるまを購入したお客さんの家に服が入ってくるようにという願いを込めて、「福入」という文字も入れられています。

だるまさんは体全体を使ってありがたさと高潔さを表現しており、単に「だるま」ではなく、「福だるま」とも呼ばれます。

群馬県の高崎だるまの由来

だるま作りの発祥は諸説あります。

最初に紹介する説は、群馬県高崎市の西側にある「少林山達磨寺」が福だるまの発祥であるという説です。

時は江戸時代。

天明の大飢饉で大打撃を受けた近隣の村人たちに、時の住職「東嶽和尚」が一計を案じ、開山の祖である心越禅師が書いた一筆達磨座像をもとに木型の張り子のだるまを考案。

これを農家の副業として取り入れることを提案し、村人たちに作り方を教え、毎年1月7日に行われていた七草大祭で大々的に売り出したのが始まりと言われます。

別の説では、今から二百十数年前、現在の高崎市にあたる豊岡村の山縣友五郎という人が一人でだるまを作り始めたとされる説もあります。

友五郎は、稲の収穫や麦まきが終わった秋から翌年の春にかけ、祈願の意味合いで作っていたといいます。

高崎だるまは、豊岡村が1955年に高崎市と合併するまでの140年ほどの間「豊岡だるま」と呼ばれていました。

このことから、山縣友五郎が始めたとされるエピソードにも信ぴょう性があります。

福だるまが広がったきっかけに、江戸で天然痘という病気が流行した時、赤いものが邪気を払うと信じられ、赤く塗られただるまが疱瘡除けとして求められていたという話もあります。

こどもたちに天然痘がうつらぬように、親たちがこぞってだるまを買い求めたということです。

どのエピソードも、だるまに対して人々が何らかの祈りを懸けていたことがわかります。だるまはいつの世も縁起のいいものとして認識されていたようです。

群馬県の高崎だるまこぼれ話

だるまと関連が深いのは養蚕です。

昔から群馬県は養蚕が盛んな地域です。

蚕は繭を作るまでに4回脱皮します。

そして、蚕が古い殻を破って出てくることを「起きる」と呼びます。

その言葉にかけて、養蚕農家では七転び八起きのだるまを大切な守り神としてきました。

参考:
群馬県観光物産国際協会
高崎だるま(R)
高崎だるま(R)の歴史
群馬県達磨製造協同組合

群馬県の高崎だるまの商標登録の状況

登録日 平成18年(2006)11月17日
出願日 平成18年(2006)4月3日
先願権発生日 平成18年(2006)4月3日
存続期間満了日 平成38年(2026)11月17日
商標 高崎だるま(標準文字商標
称呼(参考情報) タカサキダルマ
権利者 群馬県達磨製造協同組合
区分数
第28分類 群馬県高崎市及びその周辺地域産のだるま【類似群コード】24A01

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2016年12月22日 作成
2017年10月18日 更新

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