千葉県の地域ブランド 「八街産落花生」

千葉県の地域ブランド八街産落花生は、平成19年4月13日、八街落花生商工協同組合によって地域団体商標に登録されました。

八街と書いて「やちまた」と読みます。

落花生と言えば千葉県というイメージがありますが、その歴史は意外に新しく、千葉県で栽培が始まったのは明治時代からです。

現在のように特産品として地域に根付くまでには大きな苦労があったようです。

目次

千葉県の地域ブランド八街産落花生とは

千葉県の地域ブランド八街産落花生と言えるのは、千葉県八街市とその周辺地域で生産された落花生のみです。

国内で生産される落花生は、千葉半立(はんだち)、ナカテユタカ、郷の香3品種がありますが、千葉県八街産落花生は高級品種とされる千葉半立100%です。

落花生と言えば千葉県と言われる通り、国内産の約7割が千葉県で生産されています。

とはいえ近年では安い外国産におされ、国内産の落花生そのものが流通量全体の10%程度にとどまっているのが現状です。

千葉県産の落花生は、高級品種であるのに加えて、畑でゆっくりと自然乾燥させるなど手間暇かけて作られており、外国産と味の違いで差別化しようとしています。

千葉県の地域ブランド八街産落花生の歴史

国内では沖縄県で古くから落花生を栽培していたようですが、本州に伝わったのは宝永3年(1706年)のこと。

あくまでも外国からの輸入品であり、国内では沖縄以外で栽培を行っていませんでした。

本州で最初に栽培を手掛けたのは千葉県ではなく実は神奈川県です。

明治4年に、神奈川県在住の農家、寺坂慶次郎さんが栽培を始めたのが最初と言われています。

その後、国の政策によって、明治7年にアメリカから種子を輸入し、各地の農家に配布したものの、本格的な農産物としては育ちませんでした。

それから2年後の明治9年、千葉県山武郡南郷町(現在の山武市)で農家を営んでいた牧野万右エ門さんが、神奈川県で落花生を少しづつ根付かせていた寺坂さんから種を仕入れ栽培を始めました。

それが千葉県内で最初の落花生栽培であるという記録が残っています。

明治10年には、県の政策によって鹿児島から種を取り寄せ、県内の農家に配りました。

なかなか根付きませんでしたが、匝瑳郡鎌数村(現在の旭市)の金谷総蔵さんが、落花生の量産に初めて成功し、ようやく本格的な生産が始まったのです。

このため、千葉県産の落花生といえば当初、旭市が中心的な産地でした。

ところが、このとき旭市で栽培されていた品種は干ばつに弱い種類だったこともあり、収量が安定せず、次第に落花生栽培は廃れていきました。

入れ替わりに、八街市では干ばつの影響を受けにくく、条件の悪い土壌でも安定した収穫が可能な品種を中国から仕入れ、量産に成功していました。

こうして、次第に八街産の落花生が市場で圧倒していくようになったということです。

その後、千葉県農業試験場が中心となり、落花生品種改良に着手。

在来種を改良し、外来種より安定した収量を可能にする新品種の開発に成功。

これが、現在の優良品種「千葉半立」に受け継がれています。

参考:
八街市
千葉県

八街産落花生の商標登録の状況

登録日 平成19年(2007)4月13日
出願日 平成18年(2006)4月1日
先願権発生日 平成18年(2006)4月1日
存続期間満了日 平成29年(2017)4月13日
商標 八街産落花生(標準文字商標)
称呼 ヤチマタサンラッカセー,ヤチマタラッカセー
権利者 八街落花生商工協同組合
区分数
第30分類 千葉県八街市及びその周辺地域産の渋付き落花生,千葉県八街市及びその周辺地域産の煎った落花生【類似群コード】30A01
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