ロゴをめぐる物語「ソフトバンクグループ」

ソフトバンクグループ。

IT業界の雄にして、情報通信産業の革命児。

いまや日本を飛び出して世界的な企業グループに成長しました。

時代の先端を突っ走る寵児といったイメージがある企業ですが、グループ総帥である孫正義氏は歴史上のあの偉人に深く傾倒しており、事業活動の範としているそうです。

その証拠に、件の偉人を象徴するモチーフがロゴマークに描かれているというのですが。

目次

ブランドロゴのモチーフは海援隊旗

ソフトバンクグループのロゴは銀色の2本線からなるブランドシンボルと、社名の英語表記であるSoftBankの組み合わせで出来ています。

どっしり力強い2本のラインとすっきりとした明朝体で描かれた文字のコントラストがなんとも絶妙なロゴ商標です。

どことなくヨーロッパあたりの国旗を思わせるようなデザインに見えないでしょうか。

ここらへんでぴんと来た方は、なかなかの歴史通と言っていいでしょう。

答えをいいましょう。

ソフトバンクグループのブランドシンボルは、幕末に活躍した「海援隊」の「隊旗」がモチーフになっています。

実際の海援隊旗は赤色の2二本線で、ソフトバンクグループではブランドカラーのシルバーという違いはありますが、線の太さやバランス、中心の白色とのコントランストなど基本の構図はピタリと重なります。

すなわち、グループ総帥、孫正義氏が傾倒する歴史上の偉人とは海援隊を率いた坂本龍馬その人のことです。

ご存知、維新の世を駆け抜けた幕末の英雄です。

一介の浪人でありながら、時代の先を見据える優れた洞察力と、どんな困難もいとわない実行力、そして、薩長や幕府など時の権力者さえも一目置く卓越した人間力を兼ね備えた傑物。

幕末の動乱の中にあって、龍馬が歴史上の表舞台に立つのはたった4年間という短期間でありながら、当時の日本人が誰も想像だにしなかった維新の大業をやってのけました。

その熱い生きざまに、改革者として既成概念の壁に挑み続けてきた自らの事業活動をダブらせているというわけです。

ソフトバンクも始まりはベンチャーだった

いまでこそ、巨大企業グループに成長したソフトバンクグループですが、大学を卒業したばかりの孫青年が、1981年、親戚から借りた資金で立ち上げた日本ソフトバンクがその発祥です。

個人創業のベンチャー企業だったのです。

当時は電話事業もやっていないし、現在の同社の事業基盤の大きな柱になっているインターネットが誕生するのもまだ先の話です。

やっと出回り始めたばかりのパソコンやアプリケーションソフトの将来性にいち早く目を付け、事業化したのでした。

まだまだ海のものとも山のものとも知れない小さな会社に、大きな可能性が詰まっていたのです。

こうしてみると、日本で最初の本格的な会社組織「亀山社中」を立ち上げた龍馬に重なります。

まったく無名の浪人だった龍馬がその後、幕末の激動の中で頭角を現し、維新の功労者の一人にまで祭り上げられていったように、名もないベンチャー企業だった日本ソフトバンクもバブルの波に乗って急成長を遂げていきました。

その後のソフトバンクグループの成長は誰もが知る通りです。

1980年代の創業当時、世の中の人が誰も可能性に気づきもしなかったパソコン事業を細々とやっていたころ、情報通信企業として飛躍しているいまの姿など誰が想像したでしょう。

しかし、孫氏始め、創業時のメンバーたちはいまの姿につながるビジョンをはっきり描いていたそうです。

日本人の多くが300年変わらない太平の眠りの中にいた中で、100年先の未来を見据え、日本の夜明けのために情熱を傾けたその姿に自らを重ねあわせ、30年、300年先の未来の人々が感嘆するような仕事をしたいと願った創業者たちの思いが2本線のロゴ商標に込められているのです。

参考:ブランド名の由来・ロゴ

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